(監督:瀬々敬久/主演:菅田将暉、小松菜奈/2020年)

 

歌番組で、「あのアーティストが、あの名曲をカバー!」って言ったら、たいてい「糸」か「時代」だし(もしくは、尾崎豊の「 I love you」)、この間のFNS歌謡祭でも、「糸」「時代」「ファイト」がカバーされていた。

 

最近特に、中島みゆき先生の楽曲がいろんなところで安易に使われているように感じていた。

 

そんななか、名曲「糸」をモチーフにした映画を作ると聞き、「え、マジ?」と思った。

 

「糸」の知名度と楽曲の持つストーリー性にのっかりたいだけじゃん?菅田将暉と小松菜奈のダブル主演の恋愛映画に、さらに話題性を持たせたいがための「糸」なんでしょ?と、性格の悪いことを考えたのだった。

 

でも、菅田将暉の演技が好きだし、小松奈々の演技をちゃんと見てみたかったし、まぁ、安い日ならいいか。と、レディースデイに見に行った。

 

 

正直、中盤くらいまで「やっぱり無理に『糸』と絡めなくて良かったんじゃ…」という気持ちが拭えなかった。

 

が、全部見終わって、「あぁ、これは『糸』だったかもしれないな…」と、思うことができた。批判的だった気持ちが、180度(いや、160度くらいかな?)変わったのである。

 

それはひとえに、役者陣の演技の素晴らしさと、ストーリーのスケールの大きさに尽きる。

 

 

菅田将暉演じる漣(レン)と、小松菜奈演じる葵(アオイ)が平成元年に誕生するところから物語は始まる。平成13年、中学生で出会ったふたりは、初々しい恋をする。

 

葵は、母親の交際相手に日常的に暴力を振るわれており、中学を卒業するまであと2年、どうにか耐えようと心を殺して生きていた。

 

 

まず、この、ヒロインがものすごく同情できる不幸を抱えているというところ。ものすごくベタだけど、観客はこの設定にグッと引き込まれて、葵を応援したくなってしまう。

 

そして、そんな葵の現状を知り、漣は葵の手を取り、ふたりで雪の降りしきるなかを駆け落ち同然に逃げるのだが、あっさりと大人たちに見つかってしまう。

 

 

若いふたりのきゅんとするような小さな冒険(子どもにとっては大きな冒険)も、観客にとっては、彼らを支持するのに十分なエピソードである。

 

子ども時代のエピソードから、すでに漣と葵のその後が気になって仕方ない展開なのだ。

 

そのまま引き離されてしまったふたりは、平成21年、同級生の結婚式で再会を果たす。漣はまだ葵のことが吹っ切れていないが、葵には、真摯な雰囲気が漂う彼氏がいる。

 

後日、偶然にも、役所で再会するふたり。飛び出すように家を出て以来、会っていない母親の消息を追おうとしていた葵に、漣は力を貸す。

 

そのとき、漣は榮倉奈々演じる香(カオリ)と一緒に暮らすことが決まっていた。葵にも恋人がいる。だからそれっきり、またふたりは離れ離れになる。

 

 

そして、平成最後の年、30歳になったふたりは、運命のときを迎える。

 

普通に考えたら、こんな偶然が重なるわけがないのだけれど、運命の赤い糸は、結ばれるべくして出会ったふたりを17年もの長い間、つなぎとめていたのだ。

 

ラストの再会には、漣と香の一人娘がひと役買うのだが、まるで癌で亡くなってしまった香が、娘の身体を借りて、「会いに行かなきゃダメだよ!」と漣に伝えたかのようなシーンがあり、感動的だった。

 

 

こんなにもいろんなことが巻き起こり、お互いに別の人と恋もするのだけれど、結局はこの人だったね、という。それがまさに「糸なんだなぁ…」と思えた。

 

 

劇中に、平成に起こったいろいろな事件・災害が、さりげなく出てくる演出も良かった。

 

ラジオでNYの9.11テロについてのニュースが流れるとか、子どもを授かった漣と香が病院にいるときに地震が起き、東日本大震災の速報が入るとか。

 

クライマックスのシーンでは、平成から令和へのカウントダウンイベントが行われていたし。誰もが知っている出来事が織り込まれているから、時代が動いているということを自然と実感できた。

 

出会い、別れ、また出会って、別れて、まだ出会う。ふたりの男女の恋愛模様、そして人生模様が、平成という時代を丸ごとつかって、大きなスケールで描かれていたこと。

 

それが物語に奥行きを与え、「糸」がモチーフであるということへの納得感をもたらしているのだと思った。

 

良くも悪くも、わかりやすく感動できる良作。斎藤工、成田凌、二階堂ふみ、山本美月、倍賞美津子など、脇を固めるキャストも豪華。

 

あ、あと、舞台となっている、北海道・美瑛の風景がとにかくキレイ。風景だけ癒やされる。劇場で見る価値あり。